多焦点眼内レンズは、老眼を完璧に治す(老視矯正の)眼内レンズと思われがちですが、若年者の水晶体のようなものではなく、実際には白内障治療の一つの選択肢と考えてください。白内障が全く発症していないのに、老視の矯正を目的としてこの手術を受けると、満足のいく結果が得られない場合があります。
その理由として、多焦点眼内レンズは、遠方、中間距離、近方のいずれにも焦点が合うという優れた特徴を持つ反面、単焦点眼内レンズや、白内障のない透明水晶体と比べて、いくつかの欠点もあるからです。以下に欠点を挙げてみます。
多焦点眼内レンズは、遠方、中間距離、近方を見るために、眼内レンズの表面に複雑な構造を持っています。そこで、眼の中に光が入る時に、眼内レンズ表面で強い反射が起こります。そのため、多焦点眼内レンズを挿入した眼では、単焦点眼内レンズに比べて、特殊な光の症状が強い傾向があります。
1つは、表面で反射した光が眼内に入って、光が星の輝きのように、放射状に散って見える症状で、グレアと呼ばれています(図1)。グレアは、夜間の対向車のライトが、非常に眩しく見えるため、一瞬目が眩んだようになる場合もあります。多焦点眼内レンズでは、グレア症状が強く起こるので、夜間長時間運転をされる方には向いていません。
もう1つは、見ている像の周囲に輪状の光のボケが見られる症状でハローと呼ばれています(図2)。ハローの原因は、遠方を見ている時にも、多焦点眼内レンズの遠方用部分を通ってきたピントの合っている画像だけでなく、中間距離や近方用部分を通ってきたピントの合っていないぼけた像も眼に入ってきます。そのため、遠方の画像の周囲に、中間距離や近方からの光が周囲のボケとして見えてしまいます。
これらグレアやハローは、多焦点眼内レンズでは、根本的に単焦点眼内レンズに比べて強いのですが、多くの方は脳で順応できるので、気にならない方がほとんどです。
しかし、高齢で順応が難しかったり、神経質な方などには不満の原因となります。
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図1:夜間のグレア症状
図2:夜間のハロー症状
模型眼にて夜間風景をシミュレーションした画像
(実際の見え方とは異なる場合があり、レンズの種類によっても程度の差があります)
人間の水晶体は、膨らんだり薄くなったり厚みを変えることにより、遠くから近くまでの広い範囲に、オートフォーカスのようにピントを合わせることができるため、光の量が少なくなるということはありません(図3)。しかし、多焦点眼内レンズは特殊な構造で、眼に入ってきた光を、遠方、中間距離、近方に振り分けます。そのため、いずれの距離も、単焦点眼内レンズに比べて少ない光の量で見なければいけません。これによって、見ている画像のコントラスト(映像のシャープさや、微妙な濃淡)が落ちてしまう傾向があります。画像のコントラストが低下して、何となく鮮明に見えない状態を、専門的にWaxy visionと呼んでいます。一方、単焦点眼内レンズは眼に入ってきた光を分配せずに使うので、1か所にしかピントが合いませんが、ピントがあった距離はコントラストが高い鮮明な見え方になります。例えば、眼鏡なしで近くを見る時は、多焦点眼内レンズの方がよく見えますが、単焦点眼内レンズで老眼鏡をかけた場合の方がシャープな見え方になります(図4-a, b, c)。多焦点眼内レンズの特性として、コントラストが低下しやすいので、眼鏡で矯正しても、思ったように視力が出ない場合もあります。
図3:若い人の水晶体
図4
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多焦点眼内レンズには上記のような欠点がありますが、実際にはこれら欠点よりも、遠方、中間距離、近方のいずれもが見える利点の方が勝っているために、国内外の報告でも、概ね9割強の方が満足をしています。ただ、残り1割弱の不満例の中で、上記のようなマイナスの現象が認容できず、再手術によって単焦点眼内レンズに入れ替えるケースが、国内では、1.2%※程にみられています。
参考文献
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